不動産トピックス

【9/9号・今週の最終面特集】不動産の活用と地域の活性化

2024.09.09 10:35

多世代がゆるく交わる場を整備 「どこだって公園」」の概念をもとに屋外空間も活用
店舗内をフレキシブルに活用 住民交流のイベントを多数企画
 地域の活性化は日本全国至るところで展開されている。そのアプローチは地域特性や抱えている課題などによって様々。最も多いのは、少子高齢化・担い手不足に端を発する過疎化を食い止めるための方法の模索だろうか。地域に住む人々が主役となって地域の活性化を目指す事例を紹介する。

再整備した団地内にカフェ 菜園運営でサステナブルを啓発
 Yuinchu(東京都品川区)の代表取締役を務める小野正視氏は、IT企業の在職中に新事業としてレンタルスペース事業「GOBLIN.」を立ち上げ、その後2012年に個人事業として引き継ぎ同社を設立した。創業期はレンタルスペース事業のほか、差別化戦略の一環としてケータリング事業を展開。単に空間を提供するだけでなく食の体験を通じた新しい価値を提供してきた。その後、日常の中でのコミュニケーションが生まれる空間としてカフェに着目。カフェの店長を経験したこともある小野氏が自身の経験を生かし、カフェやコーヒースタンドの運営事業を開始する。人々のコミュニティづくりは、初めに空間が整備され、その中の1つのコンテンツとしてカフェが設置されるというのが一般的である。一方、カフェを起点としてコミュニティの場が創出されるというのが、小野氏の考え方である。
 「SWITCH STAND」のブランドでこれまで都内2カ所(初台・お台場)、神奈川県内1カ所(元住吉)でカフェの運営事業を展開している同社。今年5月には4店舗目となる「SWITCH STAND AKABANE」が、北区赤羽台の集合住宅「ヌーヴェル赤羽台」に設けられたコミュニティ拠点「Hintmation」内でオープンした。
 「ヌーヴェル赤羽台」は、JR「赤羽」駅西側の高台に1960年代に整備された「赤羽台団地」を、都市再生機構(横浜市中区・UR都市機構)が建替えたもの。2006年竣工のA街区を皮切りに老朽化した旧団地の建替えを段階的に実施し、2024年度までに建替え工事が完了する。団地の建替えにあたり生み出された敷地の一部を東洋大学が購入。新キャンパスの整備を行い、現在は赤羽台キャンパスとして情報連携学部、福祉社会デザイン学部、健康スポーツ科学部が置かれている。
 「ヌーヴェル赤羽台」の敷地内には旧赤羽台団地の建物を一部保存しているほか、UR都市機構が運営する団地の歴史を継承するミュージアムが整備され、人々の暮らしの変化を学ぶことができる。また、UR都市機構はグループ会社のURコミュニティ(東京都千代田区)、日本総合住生活(東京都千代田区)、東洋大学の4者で協定を締結。共同研究を立ち上げて持続可能なコミュニティ形成とその拠点づくりについて検討を進めてきた。前述の「Hintmation」はこの共同研究によって具現化したもので、Yuinchuの小野氏も研究パートナーとして参画し、多世代がゆるやかに出会える機会が日常の中の身近な存在であるよう、拠点のプランニングを手掛けた。
 「SWITCH STAND AKABANE」は、店舗面積が約100㎡。こだわりのコーヒーを中心としたドリンク類のほか、日替わりのランチメニューを用意。「ヌーヴェル赤羽台」で暮らす子育て世代や旧赤羽台団地の時代からこの地で暮らす高齢者など、幅広い層が利用する。店舗内は空間を間仕切りで区切って予約制のシェアスペースとしても運用しており、イベントや会議、撮影など、用途に応じたフレキシブルな空間の使用が可能だ。
 「店舗内は開口部が大きく、外との境界をあまり感じさせないので開放感のある空間でゆったりと過ごすことができます。店舗周辺のほとんどは団地敷地内の屋外空間に囲まれており、子ども達が安心して走りまわることができます。店舗の内外を広く使って子ども向けの参加型イベントも多数行われており、この空間が住民の方々をゆるくつなぐ拠点となっていることを実感しています」(小野氏)
 Yuinchuはカフェの運営のほか、「ヌーヴェル赤羽台」の敷地内で菜園「SWITCH STAND FARM」の運営も行い、季節ごとの旬の野菜を栽培。収穫した野菜は店舗のメニューとして活用され、また店舗で出た生ごみは堆肥をつくるコンポストを設置して、日常の中で食物の循環やサステナブルな社会の体験学習に役立てている。
 多くの世帯、幅広い世代の住民が暮らす団地の中で、住民同士のコミュニケーションや多世代交流を生み出す場は多くない。一方で団地の敷地内には、遊びまわる子どもの減少で活用できていない屋外空間が散見される。Yuinchuでは「どこだって公園」という概念のもと、屋外空間の目的にとらわれない活用を行う取り組みとして「PARK SPOT」を推進している。「SWITCH STAND AKABANE」でも、店舗前の空間を活用したイベント企画が実施されており、小野氏は「カフェ・菜園・屋外の活用、この3つの要素を連携させながら自由度の高い空間のあり方を提案することで、住む方々にとっての豊かな暮らしの選択肢を1つでも増やしていきたい」と話す。町会に代表されるような従来型のコミュニティは、ライフスタイルが多様化している現代において運用が困難になりつつある。
 「ヌーヴェル赤羽台」では従来の考え方にとらわれず、日常の中に溶け込み、息苦しさを感じさせない「ゆるい」コミュニティの場づくりが、住民同士の交流促進に大いに寄与しているようだ。


登録有形文化財に登録 団地と都市生活の歴史を伝える施設も
 「赤羽台団地」は、郊外型の団地が主流であった1960年代に都市型の団地として建設され、板状住棟1棟とY字型のスターハウス3棟の合計4棟は保存活用されることとなり、2019年にはこの4棟が団地では初めて国の登録有形文化財に登録された。
 その後、UR都市機構は2023年9月に「URまちとくらしのミュージアム」を開館。保存住棟4棟に加え新たに新設された展示施設・ミュージアム棟の5棟を通じて都市の暮らしの歴史を学ぶことができる。ミュージアム棟では「同潤会代官山アパート」をはじめとする4団地計6戸の復元住戸を見学でき、保存住棟4棟ではストック社会に対応した改修技術等の実証フィールドとして活用される。
 新旧の建物デザインは、この地の歴史を伝える風景である。




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