不動産トピックス
【今週号の最終面特集】歴史的ビルの保存活用
2021.05.17 10:58
文化財ビルをシェアオフィスに 建物コンバージョンの事業スキーム
建て替えか保存か オーナーの決断
建物を所有することは、建物の生きる年月を支えることだ。相続、自身で竣工、また購入など様々な経緯で所有者は変わる。オーナーとなった以上は、ビルの価値を下げず次へ繋ぎたいもの。歴史的ビルならなおさらだ。価値あるビル承継の最適解を探る。
昭和初期の面影残すビル ビジネスで守る事業プラン
本年4月、登録有形文化財でもある築古ビルが改修工事の末、シェアオフィスビルとして再オープンした。JR線「新橋」駅から徒歩3分、外堀通りに面する新橋2丁目交差点の角地に立つ「堀ビル」だ。鍵や錠前等の製造販売業を行う堀商店(東京都新宿区)の本社ビルとして1932年竣工。角地部分を曲面とした外壁全面はテラコッタタイルで覆われ、昭和初期の面影そのままの姿は周辺地域からも親しまれてきた。1989年に東京都選定歴史建造物に、また1998年には国の登録有形文化財となった歴史的建造物は昨年まで現役のオフィスビル。堀商店の本社で、またかつてはテナント企業も入居していた。なぜ今回、シェアオフィスビルとなったのか。
オーナーの意向を最優先 文化財の価値を生かすには
「堀ビル」1棟全部を借り受け、プロジェクトを進めたのは竹中工務店(大阪市中央区)。本案件は同社が2016年頃より進めている「歴史的建造物をビジネスで守る」をコンセプトにした「レガシー活用事業」によるもの。同社開発計画本部2グループ課長の鍵野壮宏氏は、「オーナーが建て替えや保存を検討されている中で、『先々代が築いた堀ビルを後世に遺したい』というオーナーの想いを最優先し、遺すための方法を探りました。」と振り返る。
「オーナーには、建物を遺したいという反面、相続税等の税負担や建物の維持費もあるため、一定の賃料収入を見込めるなど、経済的にバランスの取れる事業プランが必要でした。文化財として価値のある部分を活かすことがシェアオフィスとしての個性や魅力を引き出すと考え、オリジナルのデザインを尊重した改修を行いました。また、安全性確保のための耐震補強工事や、機能性確保のために電気、給排水、空調などの設備を更新しています。コロナ禍になり、換気設備も新たに設置しました」(鍵野氏)
登録有形文化財ということもあり、外壁などは丁寧な補修工事が求められたようだ。文化財でもある歴史的ビルであれば、他の用途での運用も考えられるが、なぜシェアオフィスなのか。
活用用途を検討 投資規模とのバランス
「建物のコンバージョンを検討する際に、立地特性、既存建物の状況、価値観を共有できるオペレーターの存在などを踏まえ、活用用途を決定しました。どの用途にするかで、収入や投資規模も異なります。飲食店舗や宿泊など、不特定多数の利用者が出る用途では、設備等の改修内容も変わり、文化財として価値のある部分を残しづらいという状況がありました。新橋という立地特性を踏まえ、既存用途のオフィスをシェアオフィスに活用することが、合理性が高く、オーナーの意向にも沿えると考えました」(鍵野氏)。
シェアオフィス「GOOD OFFICE新橋」を実際に運営するgooddaysホールディングス(東京都品川区)では「堀ビル」の特性をどう生かしているだろうか。Corporate Relations PRの叶田みなみ氏は「オープンイノベーションを誘発するシェアオフィスをコンセプトにしています。もともと、部屋が小割にされているので、少人数ベンチャーが入居しやすいことがポイントです。新橋は大企業も本社を構え、また築古ビルもあり、銀座からのアクセスも良く、丸の内や有楽町との結節点でもあります。ベンチャー企業に貸すだけでなく、大企業とベンチャーを結ぶ場所として作っていきたいですね」と新しい展開を模索する。
建築DXをテーマにイノベーション期待
竣工当初の意匠を尊重し、89年にわたり使い込まれた造りを保存しながらの改修工事。
タイルの剥落や石の落下を防ぐため、ドローンを飛ばしてタイルの剥離具合をチェックし、タイルに透明ピンを打ち固定した。
「関東大震災後直ぐに計画された建物は堅強に建てられているものが多いです。『堀ビル』も良質なコンクリートで造られており、耐震診断の結果、1階の一部のみにブロックによる耐震補強壁を設置しました」(鍵野氏)
手すりやモザイクタイル、木扉や和室など当時のものを生かしアクセントとなっている。地下1階から4階まで約20社のオフィスが入る。竹中工務店も入居する。「文化的な空間が持つ魅力や求心力を生かしながら、『建築や都市空間のデジタル化』などをテーマにしたオープンイノベーションの場に活用し、ビル内で完結するのではなく、街に還元できるような取り組みを目指しています」(叶田氏)。
港区では、虎ノ門の大規模開発が進み大型オフィスが続々と出来上がりつつある。大企業とスタートアップの連携もしやすくなるだろう。
老朽化が目立つ築古ビルをどう活用するか、解体・建替えか保存活用か、悩むオーナーは少なくない。オーナーの意見を尊重し、なおかつ合理的なプロジェクトを実行する協力パートナーの存在は不可欠だ。あらゆる方面から柔軟に検討したいものだ。
名建築を世に遺し社会に貢献したい
竹中工務店 開発計画本部 2グループ課長 鍵野壮宏氏
オーナーの建物を遺したいという想い、その反面にある税負担や維持費などの保有コストを経済的にどのように賄うのか、事業スキームや事業プランを模索しました。
開発圧力が強く働く都心において、歴史的建造物を残すことは容易ではありません。それでも、「堀ビル」に対するオーナーや関係者の想い、価値観を共有できるオペレーターとの協業により、一つの遺す形をつくることができました。堀家が想いをかけ築いてきた文化財の魅力を、多くの人に体験してもらい、この貴重な歴史的建造物を、多様なステークホルダーと共に未来を築くイノベーションの共創空間にしていけたらと思います。
シェアオフィスの魅力最大化を
gooddayホールディングス Corporate Relations PR担当 叶田みなみ氏
賃貸住宅のリノベーションから始まり、築古建物のシェアオフィス化や竹中工務店様の遊休地を借りたシェアオフィス事業などを行っておりました。「GOOD OFFICE新橋」では「建築DX」をテーマにしたイノベーションを起こすような場所にしていきたいですね。企業数を入れるより、今回の取り組みに共感してくれる企業を優先したい。稼働率を上げるより合う会社を見つけることが結果的にシェアオフィスの魅力の最大化につながると思っています。我々としても本件は初めての取り組みです。まずはこのフラッグシップで建築DXオフィスのノウハウを蓄積したいと思います。
消えゆく登録文化財 維持費賄えず解体も
1996年の文化財保護法改正により導入された「文化財登録制度」では、保存及び活用についての措置が特に必要とされる文化財建造物を文部科学大臣が登録する。多種多様かつ大量の近代文化財建造物を後世に幅広く継承していくために作られたもの。届け出制と指導・助言等を基本とする緩やかな保護措置を講じるものだが、多額の建物維持費や相続税などで、取り壊しになる登録有形文化財も少なくない。2020年1月時点で9817の建造物が登録。滅失や解体などの現状変更による登録抹消は約240件。