不動産トピックス
【今週号の最終面特集】アフターコロナ オフィスはどうあるべき?
2021.11.01 10:52
移転需要は縮小から拡張にマインド変化 求められる「入りやすさ」と「オリジナリティ」
新型コロナ感染者数は依然として低い水準を維持し、日常生活や事業活動は元通りに戻りつつある印象。しかし企業や働く人の意識はコロナ前とは確実に異なる。今オフィスに求められているものを客観的に分析することで、ついに訪れたアフターコロナの時代で物件の競争力向上につながるのではないだろうか。
敷金ゼロで初期費用軽減 交流促す空間を提供
コロナ禍で企業は固定費のコストカットに努める向きが強まっている。そうした中、賃貸オフィスビルでは内装工事をあらかじめ実施した状態でテナントに貸し出すセットアップオフィスが、移転時のイニシャルコストを削減できるとしてベンチャー・スタートアップを中心に注目を集めている。
小田急不動産(東京都渋谷区)は、渋谷区恵比寿西に所有する賃貸ビル「ファイブアネックス」3階のワンフロアをセットアップオフィスとして商品化し、テナント募集を開始した。同社がセットアップオフィスを展開するのは初めての試みである。
「ファイブアネックス」はJR線・東京メトロ日比谷線「恵比寿」駅より徒歩3分に位置し、小田急不動産は10年程前に同物件を取得。地上8階地下1階建ての建物はオフィスを中心とし、路面階など一部フロアには飲食店舗が入居している。同社が保有する賃貸オフィスビルはフロア面積100坪程度の物件が多いが、一方でワンフロア50坪未満の中小規模ビルも複数棟保有している。「ファイブアネックス」も基準階面積が約36坪となっており、竣工から30年が経過したことから、同社は近隣の競合ビルとの差別化戦略の一環として今回のセットアップオフィスの商品化に至った。同社賃貸事業本部の大家道知氏は、恵比寿エリアのオフィスニーズについて次のように述べる。
「渋谷から恵比寿にかけてのエリアはIT関連企業やベンチャー・スタートアップなど、感度が高く成長スピードの速い企業に好まれています。若い企業にとってオフィス開設にかかる費用負担は非常に大きなものですが、今回『ファイブアネックス』のセットアップオフィスでは指定の保証会社を利用することで敷金不要としています。また、オフィスの内装デザインを検討するのは、企業にとって意外と大きな負担となります。セットアップオフィスはこうした手間を省き、移転コストを抑えることで資金を本来の事業に投下して企業の成長促進に貢献します」
内装は黒をベースとした色調で落ち着いた雰囲気を演出。執務スペースや最大6名用の会議室のほか、一人での作業やオンラインミーティングに適した集中ブース、社内打ち合わせに利用できるソファブース、ハイテーブルとハイチェアーを配置したコミュニケーションスペースが設けられている。同社を賃貸事業本部の湧井翔太氏は「コロナ禍を経験し、コミュニケーションをこれまで以上に重視して社内の風通しを良くしようと考える企業が増えていると感じます。デザイン面だけでなく、多様な働き方に対応できる機能面においても、ご評価頂ける空間を実現することができました」と話す。
第1弾となる「ファイブアネックス」でのセットアップオフィスは年内のテナント入居を想定しており、小田急不動産では同物件での入居企業の反応や動きを見極めながら、他の保有物件でのセットアップオフィスについても検討していく考えだ。
企業のニーズは多様化 入居者の絞り込みが必要に
ビルオーナーにとっては、コロナ禍を理由に稼働率が低下した所有ビルの収益性を高める切り札ともなり得るセットアップオフィスであるが、戦略的なテナントリーシングや内装プランニングなどを行うヒトカラメディア(東京都世田谷区)の三川慧氏は「空室をセットアップオフィスにしてテナント募集をかければ借り手が即座に決まっていたのはコロナ禍前までのことで、今のニーズに合致していないセットアップオフィスでは借り手を見つけることが難しい状況です」と話す。
昨年から在宅勤務やテレワークが広く浸透し、企業に勤めるオフィスワーカーの行動様式は大きく変化している。オフィスもまた、働く人の行動や意識の変化に対応した空間づくりが求められているのだ。また、大手不動産会社はグループを通じて一般の賃貸オフィスからセットアップオフィス、シェアオフィス、コワーキングと様々なタイプのワークプレイスを商品化していることからも、オフィスを求める企業のニーズが多様化していることが読み取れる。三川氏は企業のオフィスニーズの変化について、次のように述べる。
「オフィスの希望条件の中でも、これまで立地は重要視されてきました。テレワークの普及も相まって、特定のエリアに限定せず自分たちらしい働き方ができる入居先を探す企業が増えています。縮小移転ニーズは昨年の夏終わりごろまでに一巡し切り、秋冬あたりから拡張移転ニーズは戻ってきました。自社らしい拡大・成長の仕方とコスト管理の厳格化の両立が求められるようになり、必要コストが明確に算出できるスペースへの関心は高まっています」
セットアップオフィスの開設は競合物件との差別化に貢献するほか、賃料のベースアップが見込め、あらかじめ用意された内装はモデルルーム代わりにもなり、空室期間を最小に留めスピード感をもったテナントリーシングを進めることができる。一方で、オーナー側は内装工事費という大きな負担が生じ、投資分は賃料に上乗せする点を考慮しても、回収期間は2年から4年程度を要してしまう。また三川氏が「テナントにとって『入りやすいオフィス』ということは、『出やすいオフィス』という意味でもあるのです」と述べるように、成長スピードの速い企業に好まれるセットアップオフィスは、テナントの入退去のサイクルがどうしても早くなる傾向にあるようだ。
では、昨今のオフィスニーズの変化を捉えながら、的確なテナントリーシングを行うためには何をすれば良いか。オフィスビルのテナントリーシング実績を豊富に有する同社では、リーシングの観点からビルの魅力付けや情報発信を展開する点に強みを持つ。
「企業の成長のフェーズによって、働く場所へのニーズは変わります。過去の実績から事業規模や業種といった様々なタイプの企業のニーズを把握している当社では、企画から設計、工事、募集活動まで、ビルの収益アップを一気通貫で提案することができます」(三川氏)
コロナ禍の今、ありきたりなデザインのセットアップオフィスでは賃貸市場を勝ち抜くことができない。同社は物件の特性を十分理解した上で、テナント候補となる企業のターゲッティングを企画段階から行い、オリジナリティを意識した内装デザインで絞り込まれたテナント候補企業に対し募集活動を行う。ビルの魅力を誰よりも理解しているのはオーナー自身であるが、そこへ戦略的なテナントリーシングを展開するサポート役が加わることで、変化が著しい賃貸ビル市場で生き残ることができるのではないだろうか。
六本木に新築複合ビル 感性や個性が集まる場を提供
オフィスに対する企業側のニーズの多様化に合わせ、様々なタイプのオフィスが供給されている。数多くの不動産再生事例を持つリアルゲイト(東京都渋谷区)は、国立新美術館に程近い港区六本木7丁目で新築複合ビル「THE MODULE Roppongi(ザ モジュール ロッポンギ)」を10月にオープンした。
地上6階建ての同物件はショップ、ショールーム、オフィス、SOHOがフロアごとに構成され、オフィス入居者向けのラウンジスペースや屋上のルーフトップテラスなど共用部も充実。専有部は15㎡~147㎡までバリエーション豊富なサイズを用意し、スタートアップ企業から成長企業まで、会社の規模や業種に応じた多様なワークスタイルを提供する。同社の岩本裕社長は「東京都心の港区や渋谷区をコアゾーンとし年間8棟のペースでクリエイティブオフィスの新規供給を行っていく」と述べ、将来的には地方でのワーケ―ション需要に対応した施設プロデュースも、入居者への福利厚生の一環として構想中とのことだ。