不動産トピックス
【11/15今週号の最終面特集】築古ビルがよみがえる「再生建築」
2021.11.15 10:47
コストに合わせた施工が可能 環境価値の高さから注目も
バブル期に多く建てられた中小ビル。ザイマックス不動産総合研究所の調査「オフィスピラミッド2021」によれば、東京23区の中小規模ビル(延床面積300~5000坪)はバブル期(1986~97年)竣工のものが多い。築20年以上のものが8割超となっている。クローズアップされるのが将来の「出口」。オーナー業を続けると仮定すれば、建て替えやリノベーションなどの選択肢があがる。そのなかで、認知度はまだ低いが、「再生建築」という選択肢もあがっている。
建物のもとの躯体を生かし総合的にバリューアップ
「再生建築」。建物の躯体を生かして耐震補強や内装などのバリューアップするものを指す。建て替えるには多額の資金が必要となる。一方リフォーム・リノベーションでは耐震不足や老朽化した設備配管の更新など対応できず、「意匠だけ」というケースがほとんど。これに対して再生建築は建て替えよりも費用は安く、用途変更や新耐震基準への対応のほか意匠や設備機能の向上なども実現する。また建て替えに比べて工期も短い。規模にもよるが5、6カ月程度は短縮できる。
この手法の第一人者が建築家・青木茂氏。これまでほとんどの再生建築の案件は青木茂建築工房が一手に引き受けてきた。現在、ここでキャリアを積んだ新しい担い手が生まれてきている。
四次元設計(福岡市中央区)。代表取締役・一級建築士の脇泰典氏は青木茂建築工房で10年以上のキャリアを積んだのち、今年4月に会社を立ち上げ。山口県防府市に拠点を置く四次元不動産と連携、「四次元グループ」として事業展開をしている。
脇氏の代表的な実績として挙がるのが、青木茂建築工房時代の戸畑図書館の再生だ。「この物件はもともと1933年に竣工した物件です。当時は戸畑市役所庁舎、2005年までは戸畑区役所庁舎として利用されてきました。一時は空き物件となっていましたが、14年に図書館として活用していくことになり、それに向けて建物の再生を行っていくことになりました」(脇氏)。
ここでの取り組みは多岐にわたる。一貫したのは歴史的建築物としての外観を保持しながら、図書館としての使いやすさや意匠もこだわった。たとえば耐震補強でしばしば使われるブレース。「X」字の鉄骨を設置することで耐震性を向上させるが、一方で意匠性では劣る。そこで戸畑図書館では鉄骨アーチフレーム補強を行い、意匠を損なうことなく耐震強度の向上に成功している。また不要な増築部分を解体し、竣工当初のオリジナルな形に戻すことも行った。脇氏は当時を振り返って「私が再生建築のなかで大切にしているのは、既存建物の良い部分を抽出して、新しい価値観を提示し、将来の修繕や使われ方の変化に対応できるように時間軸で考えることです。意匠や構造、設備などの不具合の改善、法適合は最低限やらなければいけないこと。戸畑図書館も再生当時既に築81年でしたが、『さらに100年使い続けられる建物に』と思い手掛けました」と語る。
今年4月より始動した四次元グループ。脇氏は再生建築の調査・企画・設計・工事監理を手掛け、四次元不動産が融資付けやリーシング、メンテナンスや資産運用に関するコンサルティングも手掛ける。建築設計会社と不動産会社がタッグを組むことで、シナジーを創出していく。
四次元不動産の代表取締役の久保田雅久氏は金融機関にてキャリアを積んできた。再生建築を行う際の融資取り付けについて「建て替えなどに比べると、金融機関に対してより丁寧で詳細な説明が必要なことは確かです」と明かす。確認済証を取得したり施工完了後の収支シミュレーションなどを提出することで、融資付けを実現する。
脇氏は「再生建築は建て替えを検討しているが資金面に悩みを抱えているオーナーに一番メリットがある手法」だと話す。たとえば築45年の賃貸マンション(床面積は2228m2)。建て替え案か再生案の2案で検討した場合、工事費は建て替えが約5・8億円となったのに対し、再生は、約3・5億円。コストを60%程度に圧縮できる。
もちろん、再生建築が適さない物件もある。たとえば木造物件。その物件を保持していくという目的があれば別だが、再生建築を選択した方がコスト高となる可能性がある。一方、再生建築の事例としてマンションなどが多いが、「テナントビルも十分にメリットを出せる」(脇氏)。ビルの「高齢化」が進むなかで、スクラップ&ビルドだけでなく、建物価値をアップデートしての「長寿命化」も一策と言える。
震災で多くの建物被害 長寿命化には再生必須に
渡邉明弘建築設計事務所(東京都渋谷区)を主宰する、渡邉明弘氏も青木茂建築工房出身。既存建物の再生を得意としている。
渡邉氏は「再生建築」と「リフォーム・リノベーション」の違いについて「ビルの深層まで手を加えるか、表層だけを綺麗にして終わらせるかの違いです」と説明する。同氏によれば、「新築信仰」がある日本では改修工事というと「リフォーム」が大半だった。95年頃からは「リノベーション」という言葉が普及。その背景について、「バブル崩壊以降の不況が長引き、ビルをリフォームして延命する道を模索するオーナーが徐々に増えてきたのではないか」と見る。しかし、95年は阪神・淡路大震災が発生。建築物の被害(損壊・焼損)は住家約52万棟、非住家約5800棟にのぼった。このような甚大な被害が発生したことで「ビルを長く使い続けるには躯体、設備、間取りなどビル全体の底上げが不可欠であることが明らかになってきた」と渡邉氏は指摘する。
「コンバージョン」に対しても「リフォームの延長では」と指摘。築数十年が経過したビルは違反や既存不適格が多くある。確認申請を伴う大規模な改修工事は非常に困難な状態だ。加えて、旧耐震構造体の耐震化を実施する、あるいは劣化した設備を取り換える作業は新築の比ではない労力が必要となる。渡邉氏は「再生建築とはこの問題に対して、小手先ではなく、正面から向かっていくことで、建物の再生と長寿命化を実現するものだ」と話す。
再生建築のメリットのひとつとして、渡邉氏は「費用と施策に幅がある」ことを挙げる。たとえば、新築できるほどの潤沢な費用と時間のコストをかければ「躯体だけを残してすべてを一新するような工事」が可能であり、逆にコストを抑えるなら「必要な箇所だけに集中してビルのあり方を変える」など、様々な選択肢をとることができる。
そんな渡邉氏の再生建築・コンサルティングの実績は、ビルやホテル、レジデンスなどアセットも幅広。「依頼されるオーナーは自ら情報収集されていらっしゃるケースが多いです」とのこと。今後の再生建築の展望については「少子高齢化と社会の成熟化がより一層進行し続けることはほぼ確実なので、既存のビルを再生して長寿命化することはより一般的にならざるを得ないのではないか」と話す。
再生建築の認知度はまだ薄いが、じっくりと広がってきているようだ。
デベロッパーもこのような再生建築には注目している。三井不動産(東京都中央区)は青木茂建築工房の協力のもと、東大教授との共同研究で、現在計画中のリファイニング建築計画が建て替えと比較してCO2排出量を72%削減できることを発表している。
中小ビルオーナーもコスト・時間の負担が抑えられる実利を得ながら、SDGsへの寄与が進むことも期待される。
建て替えない「メリット」も
四次元設計 代表取締役 脇泰典氏/四次元不動産 代表取締役 久保田雅久氏
「再生建築」に対する認知度はまだ高くないと実感しています。私たちにご相談いただいているお客様も初めて「再生建築」という手法があることを知られて、驚きと関心を持たれることがしばしばあります。当社グループでは事業を通して「長寿命化」、時代の変化に対応できる「可変性」、そして「省エネルギー」の実現を理念にしており、「再生建築」はそれを実現するものと考えています。これらは昨今のSDGsとマッチしていることから、「再生建築」は認知度を広めていくだろうと考えています。不動産オーナーにとってはこのようなSDGsへのコミットのほかに、当然、事業におけるメリットも多いです。コストや工期の短縮化はもとより、現状の建ぺい率・容積率を維持しながら価値の高まった物件で事業を進めることもできます。