不動産トピックス
【今週号の最終面記事】不動産運用術「コリビング」
2022.05.16 11:03
クリエイターやフリーランス特化も 将来の物件供給増に備え差別化施策
ライフスタイルの変化が続くなかで、「働く」と「住む」が融合してきている。その一例が「コリビング」。「働きながら住まう場」あるいは「シェアハウス×コワーキングスペース」とも言われる。入居者やテナントのニーズの多様化が続き不動産経営の見通しは不透明となっている。「コリビング」や「仕事×住まい」はこれからのキーワードになるかもしれない。
18年前後から取り組み 大手デベロッパーの参入も
日本で「コリビング」という言葉が出始めたのが2018年前後。もとはイギリスでの住まい方のひとつ、とも言われる。
国内での展開は徐々に広がりを見せている。例えば定額住み放題の多拠点コリビングサービス「ADDress」を展開するアドレス(東京都千代田区)は2018年12月に会社設立。シェアハウス事業等を展開するシェア180(名古屋市中川区)が19年3月に金沢でオープンした「SHARE HOUSE 180°金沢」はワークスペースや会議室を設けて「働く」という機能も加えたコリビング型の施設となっている。大手でも、三菱地所(東京都千代田区)が2019年にCo―Living事業へ参入している。昨今は不動産事業者やシェアハウス事業者などを中心に参入や施設開設が続いている。
このような「コリビング」が台頭してきた背景にはコロナ禍でのリモートワークの浸透が大きいのではないだろうか。また直近では、クリエイターや起業家、フリーランスを掛け合わせたタイプの物件展開も見られる。
クリエイティブ特化型のコリビングが弘明寺に
京急本線「弘明寺」駅から徒歩3分ほど、商店街の入口に立地している「GM2ビル」。4月、このビルのワンフロアにクリエイティブ最大化共創型コリビング「ニューヤンキーノタムロバ」がオープンした。オーナーである泰有社(横浜市南区)とYADOKARI(横浜市中区)が共同で企画・運営していく。
「ニューヤンキーノタムロバ」は1年間の期間限定入居。13名入居することができて、アートやモノづくりなどで社会へのアウトプットを目指す人たちが自らのクリエイティブを磨き上げていける場所を目指す。個室型のシェアハウスとなっていて、共同のキッチンやシャワールーム、コミュニケーションスペースから作業スペースまでが揃っている。共用部の家具は可動式となっていて、使い方に応じて空間を変化させることが可能。空間内には「修悦体」と呼ばれるフォントを模倣した様々な言葉がちりばめられていて、入居者の気分を高揚させている。また入居者とともに暮らすコミュニティビルダーも1名配置。入居者同士のコラボレーションやシナジーなどを引き起こす仕掛けづくりを行っている。加えて、YADOKARIが入居者の相談に乗る「タイマン制度」も設けている。
泰有社の伊藤康文氏によると「ニューヤンキーノタムロバ」のある区画は「もともと以前入居していたテナントが従業員の寮として使用していました」という。しかし社員寮への需要が薄くなってくるなかで、当該テナントが寮としての使用を終了。一時、外国人留学生向けのシェアハウスとしても運用されていたが、コロナ禍が逆風となり運営会社が撤退。そのような環境のなかで1年半前から今回の取り組みを企画。以前から関係を構築していたYADOKARIが運営管理する形で「ニューヤンキーノタムロバ」はスタートした。
反響は予想以上だったが、懸念されたのがコロナ禍。特にリリース発表した1月のタイミングは「まん延防止等重点措置」がなされていた期間。それでも多くの人から入居の申し込みがあった。「『ニューヤンキーノタムロバ』は入居者の選抜制を採用していて、誰でも入居できるわけではありませんが、8割超まで決まってきました」(伊藤氏)。
約1年の入居期間の最後には、入居者の1年間の成果を披露する「ゼロフェス」も開催する。数年後にはクリエイティブ人材を目指す「金の卵」たちが屯う場になっていきそうだ。
フリーランス向けシェアハウス 自社メディアで集客ルート確立
フィジビリ(神奈川県茅ケ崎市)はフリーランス向けシェアハウス「ノマド家」やフリーランス特化型メディア運営事業などを手掛けている。2018年にオープンした「ノマド家」は開業以来、高い稼働率を維持している。
代表取締役の辻本拓磨氏は大学卒業後にリクルートへ入社。将来の起業を見据えて、フリーランスをコンセプトとしたシェアハウスを数軒内見していた。ただそれらの物件では、コンセプトと異なって実際の入居者はフリーランスではない人が大半だった。「仕事を相互に発注しあったり、抱えている案件をシェアできたりする環境はフリーランスにとっては不可欠です。内見したシェアハウスはその機能が期待できそうになく残念でしたが、市場に供給されていないのであれば『チャンスでは』と考えて、自分で立ち上げました」。それが「ノマド家」だ。
「ノマド家」では現役のフリーランス、あるいは半年以内にフリーランスとなることを入居の条件としている。そのようにしたことで、「ノマド家」入居者同士の発注やワークシェアリングが活発に行われている。
このようなしっかりとしたフリーランス特化型シェアハウスをつくったことは高稼働の背景だ。またシェアハウスのポータルサイトなどを活用せずに、シェアハウスと同名のフリーランス特化型メディア「ノマド家」で入居者を募集。ターゲットに的確にアプローチすることが可能になっていて、「月に数十件の問い合わせをいただいています」(辻本氏)とのこと。物件は「茅ヶ崎」駅から徒歩17分。入居者の取引先が多くある東京オフィス街にも電車で約1時間、静穏な周辺環境が確保されていることもニーズにマッチする。周辺のカフェやコワーキングスペースも混雑しないこともメリットの一つと認識されている。
辻本氏は今後について「『ノマド家』の物件を増やしていくことは考えていませんが、より大きな居住用物件と縁があれば移転も検討することになると思います」と話す。働き方が多様化している中で、フリーランスという選択肢も増えている。引き続き、高い需要を確保していくことができそうな物件だ。
数年で認知度拡大 ハード・ソフトで工夫
先行する事業者の見方はどうか。
シェア180(名古屋市中川区)代表取締役の伊藤正樹氏は「SHARE HOUSE 180°金沢」がオープンした2019年当時は「まだ国内でそれほど認知されていなかった」と振り返る。それだけに大手事業者をはじめとした競合企業の参入は「認知が高まる」と好意的に捉えている。同氏は「コリビングの需給関係は供給が不足しているように感じます。他企業の参入が大きな影響を与えるとは考えておらず、認知が進む点でプラス面が大きい」と話す。
コロナ禍が追い風になっている面もある。こういった「仕事ができるスペースを持つ賃貸住宅」はシェアハウスのなかでも差別化できる価値になってきている。
ただ将来的な見通しについては楽観していない。
「年月が経過すれば同様の物件が増えていきます。一方で、コロナ禍が落ち着くことでオフィス出社に戻る動きも一定数あると思われます。現在の供給不足から、供給過多に逆転するタイミングは必ず来るのではないでしょうか」
そこで同社では差別化施策を既に進めている。すでにハード面ではオフィス設計に特化してきた人と協業。同社の住まいづくりの知見を合わせて作っていくことで、「働きやすい住宅」を作り始めている。加えて、ソフト面でも機能やサービスなどの強化を検討している。
同社では今後、事業を全国に展開していく体制を整えていくとともに、5年以内に海外へ進出していくことも目標に据えている。
入居者などの今後のニーズを予測することは難しい。それでもこのような先駆者の取り組みは不動産経営のヒントになりそうだ。
これからを見据えた挑戦に
泰有社 伊藤康文氏
関内に所有しているビルなどにクリエイターのコミュニティがございますが、「ニューヤンキーノタムロバ」のようなクリエイターを目指す人たちのクリエイティビティを最大化していく場に取り組んでいくのは初となります。4月から運営がスタートし、1年間を通じて得た経験やノウハウを2年目にも生かしていきたいと考えています。今回このような取り組みを行っているのはコロナ禍を経てライフスタイルなども変わるなかで、ビルのこれからのニーズがどのようなものかを探っていきたいという意図があります。こういった取り組みから今後のビル経営のヒントも掴んでいきたいと思っています。