不動産トピックス
【今週号の最終面特集】エリアの価値を高めるリノベーション×街づくり
2023.07.03 10:53
高稼働に導くビル再生 イベント開催で地域に開けた活動も
人口減少や建物の老朽化を理由に建物の競争力が落ちることは、多くのオーナーにとって課題となっている。地域課題の解決やコミュニティ形成が、ビル再生の再生を実現し、高稼働に繋がる例もある。
半分空室アパートを満室に 地域交流の活性にも寄与
H&A brothers(福岡県久留米市)は、西鉄天神大牟田線「櫛原」駅徒歩1分の賃貸アパート「半田ビル」を含む2棟を運営している。
築42年地上3階建ての「半田ビル」の経営を担うのは、合同会社H&A brothersの半田啓祐氏と半田満氏の2人で兄弟の間柄。もともとは兄弟の祖母が経営を始めたアパートで、父の代を経て引き継いだ。
引継ぎの経緯を兄・啓祐氏は「当時、弟は東京の不動産開発会社で、私は福岡の不動産会社で働いていました。家業を継ぐことは考えていなかったのですが、空室状況や自主管理が大変であることを母から聞いて気になってはいました。そのさなか、アパート建設を任せていた建設会社と管理会社が倒産。これを契機に、『半田ビル』の再生に取り掛かったという次第です」と話す。
人口の減少や建物の老朽化などを背景に、当時の「半田ビル」は全9室のうち半分が空室状態だった。啓祐氏が一念発起して事業を継承。2010年頃から経営状態の悪化した「半田ビル」の再生を本格的に行いはじめ、2013年に満氏が東京からUターンして事業に合流した。
まず行ったのは間取りの変更。2DKの和室を、1LDKのフローリング仕様にした。一部屋の広さは約38㎡。ファミリー層まで住める部屋を整えている。室内には洗濯機と洗面場を新設。壁面や天井の塗装も兄弟そろって塗り替えた。施工費用は1部屋50~60万円程。文字どおりDIYで施工を進め、低コストで内装のリノベーションを行った。
さらに、物件自体にも付加価値を創出。もともと住居区画だった1階を、レンタルスペースと店舗区画にコンバージョンした。店舗にはパン屋が入居。レンタルスペース「くしわらCOMMON」は地域の人々に開放し、空いている時間はコーヒースタンドとカレー屋の事業者に店舗貸ししている。
「レンタルスペースには、『半田ビル』の利用者の方が提供してくださった本を並べています。地域の子供たちが、よく学校帰りに本を読みに訪れます。今後は棚ごとに貸主を募集して、それぞれの貸主がおすすめの本を貸し出す取り組みも考えています。店舗区画は、地域の方々に『どんなお店があったら嬉しいか』をヒアリングし、業種を限定して募集をかけました。地域に親しまれる事業者の方に入ってほしい、という願いを込めています」(満氏)
敷地内の庭も活用、家庭菜園を整備した。入居者が思い思いの野菜を育てている。ほかにもマルシェイベントを開催するなど、これまでになかった新しいコミュニティの創出にもつなげている。これらの取り組みが反響を呼び、再生プロジェクトから約6カ月で満室稼働となった。
啓祐氏は「マルシェは当初、空室が目立っていた『半田ビル』の宣伝も兼ねて始めました。満室になってからは『櫛原』のイメージアップを目指して、地域の方々と一緒に活動の発信を行っています。現在は櫛原の空き家調査にも取り組んでいて、来年度からは空き家の勉強会も開催予定です。空き家を活用してお店を始めたいという若い人たちを支援し、櫛原にかかわる人々の接点を作っていきたい」
屋上活用の事例紹介開催7月12日にシンポジウム
吉原住宅(福岡市中央区)は、本社オフィスの入居する「天神パークビル」を保有している。従前からビルのブランディングや魅力づくりを行っており、屋上を活用した取り組みにも注力している。
1976年竣工の「天神パークビル」は、福岡市営地下鉄1号線「天神」駅から徒歩5分に立地するオフィスビル。天神エリアではほぼ初期の鉄骨造(S造)のオフィスビルで、規模は地上9階建て。昭和通り沿いに面する、視認性に優れた物件。60台駐車可能な立体駐車場を備えており、委託による駐車場の運営管理を実施。24時間体制の警備など、テナントにとって手厚いサービスのビル経営を行ってきた。
とは言え、同ビルでは築年数の経過や天神エリア全体での空室増加も重なり、空室に悩んだ時期があった。2004年に「事務所だけではない働き方」をコンセプトにリノベーションを実施。翌年3月には、エントランスの5坪に自前のカフェを開設。ウッドとスチールが豊富に使われたシアトルスタイルのカフェで、店名は「ENTRANCE CAFE」。入居者や道行く一般客も利用できるようにして、ビルのイメージや認知度を高めることに繋がった。
屋上では緑を植えて、フリースペースとして解放。入居者やカフェの利用客がランチや休憩で自由に利用できるガーデンにした。同ビルを「まち」に開かれたコレクティブなオフィスビルに変化させるキッカケにも繋がり、以降は様々な取り組みを実施。屋上での田植えや緑化の見学会などを開催。天神地区をより良いまちにしていこうと活動する社団法人「We Love 天神協議会」が見学に来たこともあった。
昨年10月に屋上の防水工事を実施。更に屋上隣接区画の外壁に開口部を設け、木製引き違い戸とシャッターを新設。床面にはウッドデッキも敷き詰めて、新たにアウトドア&プライベート空間「SKY FRONT PARK(スカイフロントパーク)」を構築した。同スペースは室内区画と屋上空間を繋げた空間で、イベントや催し事なども可能。周辺には同ビルよりも高いオフィスビルや複合ビルが林立。「福岡大名ガーデンシティ」からも見える環境を上手く活用し、ホテル宿泊客などに向けたアウトドアテントや商品PRの展示スペースとしての使用も検討中。屋上活用の実験場として運営していく方針だ。
吉原住宅及びスペースRデザインでも代表取締役を務める吉原勝己氏は「天神ビックバンにより、天神の中心街はビルの高層化等で大きく変わろうとしています。それに伴い、旧来の中小ビルは50mの高さを揃えていた前時代のビル群として残っていくでしょう。ところが、まちを空から見てみると、地面に比べてもこれらのビル屋上が大きな面積を占め、空や自然に近く燦々と太陽が降り注ぐ、人に近いスペースとして存在することに気づきます。中小ビルの屋上を上手く活用することで、更なる可能性が模索できるのではと思い、今回は、九州大学 都市設計 黒瀬研究室 協力のもと、シンポジウムを開催することにしました」と語った。
イベント名は「天神のビル屋上のありかたを考えるプチシンポジウム」。主催は、吉原氏が理事長を務めるNPO法人の福岡ビルストック研究会。7月12日(水)の17~19時、同ビル屋上にて各登壇者による屋上活用の事例紹介を行う。同シンポジウムが初回開催となり、今後は継続して開催する方針だ。多くの人と一緒に、天神エリアのビル屋上活用に向けて模索していく。