不動産トピックス
【今週号の終面特集】異業種も積極的に推進 不動産の利活用事例
2023.08.21 10:53
世界に通用する人材育成し「知」の拠点目指す 地域活性化にも貢献する建物用途・運用手法
特徴的な外観デザイン 安藤忠雄氏が設計担当
不動産は読んで字のごとく、動かすことのできない資産。それだけに、収益を生み出す装置としての役割はもちろんであるが、地域の発展にも大いに貢献できる可能性を秘めている。今回はエリアの特性を考慮し、地域に根差した不動産の利活用事例を紹介していきたい。
東京大学・東大IPCとの連携 スタートアップを支援
新興出版社啓林館(大阪市天王寺区)は今月7日、東京都文京区の東京大学近くで複合ビル「東大前 HiRAKU GATE(ヒラクゲート)」を竣工させた。このビルは新興出版社啓林館の東京支社の建替えプロジェクトとして計画されたもので、建物規模は地上10階地下1階、延床面積は5820・77㎡である。ビルは東京メトロ南北線「東大前」駅前の本郷通りに面しており、東京大学弥生キャンパスや農学部正門に近接する。
教科書・教材・問題集・児童書など、子供の教育に関する様々な出版物を手掛ける同社は、1953年に東京支社を開設。以来、60年以上にわたり東京大学近くの文京区向丘において拠点を構えてきた。旧東京支社は事務所としての機能だけでなく、親子が参加できるイベント企画など、地域に開かれた施設として親しまれてきた。そして今回新たに竣工した「東大前 HiRAKU GATE」は、同社の東京支社としての機能はもちろん、様々な人が出会い、交流することで「創造」、「独創」、「共創」が随所で生まれる「三創空間」となることを目指している。
建物の設計は安藤忠雄建築研究所が担当。外観はガラスカーテンウォールを採用し、下層部では4層分の高さまでえぐり取ってできる柱のないピロティ空間が最大の特徴となっている。安藤氏によれば、このデザインは建物が東京大学の赤門、正門、農正門と並ぶ場所に位置していることから「創造の門」をイメージし、この地が日本や世界へ羽ばたく創造拠点となることへの願いが込められているという。また1階エントランスホールは開放感のある吹き抜け空間と、2階へ上がるらせん階段が配置されている。そのほか、安藤忠雄氏の「青春」への想いが込められた青リンゴのオブジェも、訪れた人の目を引く。
「東大前 HiRAKU GATE」では同社の東京支社として使用するスペースや、7階から10階の一般のオフィスフロアを除き、コワーキングスペースやミーティングスペース、交流ラウンジ、ウェットラボなど、創造の拠点にふさわしい様々な機能を集約している。今回の東京支社建替えをきっかけに、同社は東京大学ならびに東大IPC(東京大学協創プラットフォーム開発)との間にスタートアップ支援に関する協定を締結。3階のコワーキングスペース「1stRound BASE in 東大前 HiRAKU GATE」は東大IPCが運営を担当。壁一面に広がる書架と開放的な空間が特徴で、併設の交流ラウンジとともに起業を目指す学生やスタートアップを支援する。また、ビル内には「新興出版社啓林館・東京大学スタートアップ支援事業拠点“HiRAKU”」区画を設置。東京大学は、同大学のスタートアップを区画利用企業として推薦し、選定されると学内施設と同等の条件で優先的に利用することができる。
4階から6階は、給排水・吸排気機能や耐薬・耐荷重のフロア、大容量電源など、P2レベルの高度な実験にも対応した、都内では希少なウェットラボを設置。フロア内は利用目的に応じてフレキシブルに空間を構成することができ、オフィス併設など、効率的なワークスペースを構築することができる。
今月7日に執り行われた竣工式には、新興出版社啓林館の佐藤諭史社長や東京大学の津田敦副学長、文京区の成澤廣修区長らが出席。佐藤社長は「この『東大前 HiRAKU GATE』は、多くの可能性を秘めたスタートアップの活躍を支援する環境を整え、知を啓く力添えをしたいという思いから生まれました。日本のビジネスを面白くする人々が集い、共に知を磨くことで、ユニークなアイディアやエポックなアプローチを生み出し、文京区から世界へと通じるゲートとなることを目指して参ります」と述べている。
3つのシェア型用途 循環型の施設へ再生
今年7月、東京・神田神保町にて築50年の旧耐震建築物の再生プロジェクトとして、シェア型複合施設「REDO神保町ビル」がオープンした。
神保町は靖国通り沿線を中心に書店が集積する、日本有数の書店街として知られる。街中には書店・古書店のほか、出版社や取次店などの事務所も多数所在し、近年では再開発ビル・マンションの誕生で街の風景は変わりつつあるものの、既存中小ビルも数多く立地する。今回の再生プロジェクトの舞台となった旧「武田ビル」では、建物を取り壊し土地を処分するか、リノベーション等の修繕を実施するかの検討が重ねられ、最終的には長期的な利活用を前提とした再生を目指すこととなった。
建築主であるキーマン(大阪府東大阪市)はコンクリート造の建造物の耐震補強・補修に特化した建設会社として建物の再生・長寿命化に取り組んできた。その中で、自社で旧耐震建物を取得し再生・運営する新規事業「RE・doプロジェクト」を立ち上げ、旧「武田ビル」を取得。再生にあたっては同社が構造計画と施工を担い、渡邉明弘建築設計事務所(東京都渋谷区)と創造系不動産(東京都墨田区)が企画・設計・監理の各フェーズを同時進行で行い、事業計画と建築計画を進行した。
「REDO神保町ビル」は地上5階建て。1階はシェアキッチン、2階はシェアオフィス、3階から5階はシェアハウスという構成となっている。事業計画を進めるにあたり1階の店舗に関する街頭アンケートを実施したところ、幅広いジャンルの飲食店が求められていることが分かった。そのため、1階は若手シェフが短期間出店して腕試しができ、その後の独立に向けたステップとするべく循環型のシェアキッチンを開設。また前オーナーの意見も参考に、2階をコワーキングスペースとして運用することで、地域の様々な人に施設を利用してもらえるよう計画された。
シェアハウスは3階および4階が個室、5階が共用スペース(一部個室)となっており、個室はワンフロアに4部屋、5階の1室を加えて合計9部屋を用意した。フロアを放射状に間仕切ることで採光と避難経路を確保し、室内に広がりと変化のある個室空間を実現。5階の共用スペースは9名の住人とゲストが集えるよう仕切りのないワンルームタイプとし、キッチンや作業台、ソファ、テーブルを配置している。また、水道の直結増圧方式を採用することで屋上に設置していた貯水槽や塔屋の一部を撤去。建物を軽量化することで、耐震補強の必要量を最小化することに成功している。
再生プロジェクトを通じて「REDO神保町ビル」はシェアキッチン、シェアオフィス、シェアハウスの3つのシェア型用途によって運用がスタートした。空間をシェアすることで様々な人のつながりが生まれ、入れ替わり続けることによって、地域に根差した循環型の施設となることを目指す。