不動産トピックス

【今週号の最終面特集】地域・ビルを盛り上げる既存建築再生術

2024.05.20 11:09

築50年超ビルを耐震化+リノベ 気候変動問題に対応する丹青社の新事業
100年使用できるビル目指し適切な改修工事で再活性化
 かつての賃貸ビルに対するニーズといえば、新築・築浅が絶対的な優位性をもっていた。そうした価値観は今も残っている。一方で、築年数が経過した物件の中でも新築・築浅にはない価値を見出しているケースが増えている。建物の状態や特性を分析し、効果的な改修や適法化を実施することによって、テナントに選ばれるビルへと再生させることは十分可能である。

ブレースを室内に設置し補強 搬入口は開口部として活用
 商業施設・オフィス等さまざまな空間の調査・企画から設計・施工などを行う丹青社(東京都港区)は、東京・小伝馬町に建つ築50年超の築古ビルを取得後にリノベーションや耐震補強などの適法化工事を実施。今年3月にオープンし現在は入居企業の募集活動を行っている。
 一般的なオフィスビルの建物寿命は50年程度とされる。建築から50年が経過したビルは躯体や設備の老朽化・陳腐化が進み、テナントビルであれば市場の中での競争力を次第に失ってしまう。そのため日本では建築から50年前後を目安に既存の建物を取り壊し、新しいビルへ建替えるスクラップ&ビルドの考え方が根付いてきた。一方でRC構造の躯体の物理的耐用年数は100年以上とされており、適切な改修や更新工事を実施することで100年使い続けることは可能である。そこで同社は、築古の中小規模ビルを再活性化させる取り組みとして「R2(Real―estate Revitalization 以下R2)」を2020年にスタート。内装設計等で培ってきた空間づくりのノウハウを生かし建物の再生を図ることで、新築時と比べて大幅なCO2を削減し気候変動問題に対して貢献するととともに、働きやすい環境を提供し入居企業の成長サポートを目指す。再生した物件は同社が長期保有を念頭に運用して賃料収益とするほか、投資対象として有望な物件については投資家への売却も視野に入れているという。
 「R2」の一環として取得した中央区日本橋小伝馬町の「ウィンド小伝馬町」は、1972年に竣工した地上8階建ての賃貸ビル。幹線道路に面し、最寄りの東京メトロ日比谷線「小伝馬町」駅からは徒歩2分という好立地の物件だ。一方、建物は旧耐震基準で設計されたこともあり、安全性への懸念が指摘されていた。物件が面している国道6号は特定緊急輸送道路の指定を受けており、地震時に倒壊による通行障害を防ぐため、沿道の建築物は耐震改修が求められている。このため建物の再活性化を目的としたリノベーションを行うとともに、いかにして建物の耐震化を実施するかが課題となった。
 建築物の耐震化にあたっては、鉄骨ブレースなどの補強部材を設置して地震の揺れに対しての耐久力を高めるのが一般的である。だが外付けの鉄骨ブレースは建物全体の美観を損ね、賃貸物件としての競争力低下につながりかねない。改修工事に携わった渡邉明弘建築設計事務所(東京都渋谷区)の渡邉明弘建築士は「『ウィンド小伝馬町』では鉄骨ブレースを各階テナント専有部の内壁に取り付けることとし、交差点の角に面した壁を一部撤去して各階に鉄骨ブレースを設置する際の搬入口としました。ブレースの設置後は広く取った開口部に大きな窓ガラスを配置することで、室内の採光にも配慮。外観からは鉄骨ブレースの存在は目立たず、ガラス張りによって明るい印象づくりにも貢献しています」と話す。
 オフィス仕様の2階から8階の専有部はおよそ20坪で、従前は各階にトイレとキッチンスペースが1カ所ずつ設けられていた。しかしながら男女共用トイレはテナントビルの設備としてはマイナスポイントとなってしまう。そこでキッチンスペースをトイレに転用することで、男女別に使い分けることのできるトイレ2カ所を確保。そのうえでシンクを新たに設置してキッチンエリアとした。コンパクトなフロア面積ながらも天井を撤去したことで手狭な印象はなく、前述のように開口部を大きくとったことで室内の採光も十分確保されている。

セットアップオフィス採用 幅広いテナント需要に対応
 また今回のリノベーションではテナント専有部の内装工事をオーナー側で実施するセットアップオフィスが採用されている。起業して間もないスタートアップなどはオフィス開設にかかる費用の負担力に乏しく、初期費用を少しでも抑えたいというニーズが高い。「ウィンド小伝馬町」では家具付きのフルセットアップとすることで、契約直後から貸室を使用できる環境を提供。社員が働く執務スペースのほか、間仕切りを設置して社内会議や来客対応に活用できる空間も用意している。セットアップオフィスは初期費用を抑えられる反面、月額賃料を割高に設定することでオーナー側は先行投資分を回収するというスキーム。「ウィンド小伝馬町」の募集賃料は坪あたり約2万円と、周辺の相場と比較すると1~2割程度高めの水準ではあるものの、セットアップオフィスとしては値ごろな賃料設定といえるだろう。
 「ウィンド小伝馬町」ではこのほかにも、電気・空調・給排水といった設備の更新、外壁塗装・防水などが実施され、今年1月にすべての工事が完了。丹青社のR2プロジェクト室・松本康靖氏は「コワーキングスペースからステップアップして自分たちのオフィス開設を計画しているベンチャー・スタートアップや、東京進出の拠点を探す地方企業など、幅広い層の企業におすすめできる物件となっております。小伝馬町のように、都心部ではバブル期前後に建てられた中小規模のビルが多く立地し、稼働率や競争力の低下が課題となっているビルは少なくありません。当社は今後も『R2』の取り組みを通じてワーカーが働きやすい空間を提供し、地域の活性化にもつながる既存ビルの再活性化に取り組んでいきたいと考えております」と話す。同社は自社で物件を取得するだけでなく、ビルオーナーからの請負でアセットマネジメント業務を担い、建物再生の企画から設計・施工、客付けや売却支援といった出口戦略までのサポートも行う。昨今は相続・事業承継・後継者不在などの課題を抱えた経営者も増えつつある。既存の建物を取り壊すのではなく、上手に活用するサステナブルな運営手法が循環型社会における不動産経営のスタンダードといえそうだ。




週刊不動産経営編集部  YouTube